働くのが怖いあなたと読む本 /感銘標本 vol.1 島田潤一郎『古くてあたらしい仕事』

働くのが怖いあなたと読む本 /感銘標本 vol.1 島田潤一郎『古くてあたらしい仕事』

理想と現実、という言葉がある。

相反する二つを並べているように見えて、実は、どちらもネガティブなニュアンスを含んでいる。前者は、実際には手が届かないから「理想」だし、後者は、前者との対比によって理想「ではない」ことが強調される。

また、この言葉は人生において直面する多くのことを言い得ているとも思う。人は何度打ち砕かれても、大きな小さな理想を描き、現実に直面する生き物だ。

しかし、学習しないわけではない。打ち砕かれれば憔悴するし、次の理想が描きにくくなる。だけど、描かないわけにはいかないのだ。だって明日も生きていくのだから。今日よりも良い、明日が欲しいのだから。

これから始まるのは、理想が沈み始め、現実が見え隠れする、「子どもの時間」の最後を生きる就活生・ユキノのエッセイ。人生を、理想と現実の二項対立で断罪するのは簡単だ。重要なのは、明快なそれらで見えにくくなっている、揺らがぬ輝きを見抜けるかどうか。(ナカノ)

働くってなんだろう?

大学三回生になってから、歯車のようにぐるぐると私たちを追いかけてくる質問だ。それは、もっとずっとはやくに回りはじめていたはずだけど、今はもう、しっかりと形を動きをスピードを、わたし自身を、見極めて戦わなくちゃならないところまでもう迫っている。

働く——それはわたしたちからゲームやくだらない冗談や、喫茶店で友達とだべる有意義なのか無駄なのか決めようがない時間なんかを奪い去る、強敵のように思っていた。後ろから追いかけてくるカリカリという硬い音を聞く時、いつもこのままではダメだ、と現状の自分を否定されている気分になった。

だからわたしは就活を恐れた。捨てたい。逃げたい。がんばれない。そうやって、好きな音楽や映画や本やなんかのコンテンツに縋って、浸って、忘れて。我に帰って、どんな楽しい時間を過ごしてもかき消せない、苦い現実に気づく。

みんな、いつのまにか先に進んでる。このまま、ずるずるともがき続けていたら取り残されてしまう。いくら目を逸らしても、絶対にいつかは向き合わなきゃいけない課題が迫っている。

わたしたちがこれから立ち向かうべき難題。

それは、社会に出て、自分自身で生きる場所を作ること。

学生、という、何もできないで生きていても、とりあえずは許される安全な身分から抜け出して、社会人として、見知らぬ人々に無感情に評価を下され、役に立てるかで人生の行く末が決定される、生き残りゲームのスタート地点に立つのだ。

一つ問いがあった。

自分を苦しめずに働くって、ほんとうにできるの?

できる、という想像は、あるいは以前より容易かもしれない。

好きなことで、生きていく。

YouTubeのキャッチコピーは、一代コンテンツとして台頭したと同時に、社会全体を揺する強烈な問いかけにもなった。

今は、YouTubeに限らずネットでバズれば、たとえ一度やらかした人でも、無名でも、自力で這い上がって億万長者になれる時代だ。会社勤めが肌に合わなければ、社会人失格、なんてことはない。選択肢は無数にある。

けど、と、わたしは疑問を挟んでしまう。

そうはいうけどYoutuberだって、食べていくために視聴者の期待に沿った企画に路線変更したり、人に預けた犬をちゃんと飼ってるフリしたり、とっくに冷めてるのにアツアツカップルを演じたり、仕事のためじゃなきゃしない無理をしてる。

本当に好きなことだけして生きてくのなんかできっこない。自分を捻じ曲げて、押し殺して、無理をして、削れて、しょっぱい思いをして生きていく。大人になるって、そういう不自由なことなんだ。

不景気だし。コロナ禍だし。

そんなネガティブマックスのわたしの価値観を一変させてくれた本を、ここで紹介させていただきたい。

出版に行きたい、と言ったわたしにMAJIME ZINE編集部の二人が教えてくれたのだ。

『古くてあたらしい仕事』(新潮社)は、27歳まで無職から一転、33歳で「夏葉社」というひとり出版社を立ち上げた著者・島田潤一郎さんの自伝的エッセイだ。

島田さんはいう。

なぜ仕事をしたいのか。それは単純に仕事をしたいからだと。子どものわたしにとって、ブラックボックスでしかなかった、働く大人の原動力。島田さんが提示してくれる答えは、ある種、到達点にあるものだ。

人生は嘆いたり、悲しんだりして過ごすには、あまりにも短すぎる。

 だれかの力になりたい。

 だれかを支えたい。

 仕事のスタートとは、そういう純粋なものでもある。

 たいせつなのは、怠けないこと。ずるをしないこと。そうしていれば、なんであれ、結果は出る。

島田さんの原動力、それは、31歳の若さで息子を亡くした、叔父と叔母を支える本を作ること。島田さんの親友でもあったいとこへの想いから、死の別れがあってもこれまでの関係はなくならない、と勇気づける一編の詩を、叔父叔母に届けようとした。

夏葉社を立ち上げた背景には、そんな思いが込められていた。

夏葉社の社員は、社長の島田さん一人。労働時間は一日五時間。全国の書店を自らの足で回って、自社で作った本を売り込む。

一年で作る本は、たった三、四冊。他の出版社と比べても圧倒的に少なく、経営は決して楽ではない。それでも、現実に島田さんは、四人家族を養えている。職歴を転々とし、無職の時期も長かった島田さんがようやく見つけた、彼だけの働き方だ。

正直なところ、島田さんの自由度の高い働き方をうらやましいと思うが、同時にあまりにもすべての決定権があることを怖い、とも思っていた。しかし、次の文章に出会って目から鱗が落ちた。

 仕事の核となるのは、あくまでひとりの人間の個性だ。

 こうすればうまくいくというような仕事の型があって、それに無理やり自分を押し込めるのではなく、わたしにはなにができ、逆になにができないか、を考え続けて、日々の仕事を試行錯誤しながらつくっていく。

 そこには、ずば抜けた能力なんて必要ない。ノウハウや特別なコネクションも、関係ない。

 それよりも、なにをやるべきか。もっといえば、今日、だれのために、なにをするか。

 仕事の出発点は、いつもそこだ。

彼と同じ働き方ができないからって、仕事をするに値しない、なんてことはない。ひとりひとりの個性が、働き方の軸。仕事の型、なんてものはない。たとえ、自分の手が届く範囲に、自分に合った働き方ができる環境がなかったとしても、諦める必要はない。だれかのために、なにかをできれば、それが仕事になる。

血の通った考えだ、と思った。

わたしは本が好きだが、時々虚しくなることがある。その一つが、売れる、売れないで本の価値をジャッジされる瞬間。

売れている本はたしかに面白いけれど、それだけがすべてじゃないだろう、と言いたくなる。無限に自由な本に、勝ち負けの尺度を持ち込むのは、なんか違う。

そう思うわたしは、昔、救われたい、と思いながら本を読んでいた。より多くの人に受けるもの、に、普通からあぶれて苦しんでいるわたしが求める表現があるとは思えなかった。面白い、けれど、これじゃない。

人生でいちばん本を読んだ中学時代は、人生でいちばんいろんな本に反発をもった時期でもある。そのいきさつは、 偏愛道 に書いたので、ここには記さないが、最終的に迷い子のわたしの魂を救ったのは、短歌だった。

短歌の本は、需要はあるけど、売れてはいない。短歌にはまってから、ベストセラーのコーナーに並んでいるのを、見たことがない。(『サラダ記念日』が売れてた時代は別だけれども)

それでも、わたしの人生にとって、かけがえのない価値がある。わたしの心の居場所をくれたからだ。

では、夏葉社の本はというと、これも「売れる」本ではない。たとえば、海外文学や、詩の本(夏葉社Webサイト「夏葉社の本」)。売り上げを最優先していないからこそ出せる。しかし、だからこそ、数字に左右されず、特定の誰かのため、に力を注いだ本になる。

ああ、と思う。

わたしが求めていたものだ。わたしは、そういう作り手の本が欲しかった。そして大人になったからには、そういう働き手になりたいと、心から思っている。

文章ひとつとってもそうだ。

相手は一人だったり、複数人だったり、届くか届かないかもまちまちだけれど、わたしが言葉を綴る時は、いつも誰かが頭にある。去年、MAJIME ZINEに寄稿した文章を通じて、縁遠くなった友人と再会できて本当に嬉しかった。わたしが書くとき、頭に浮かべていた人だった。読んで会いたいと思った、と言われて、通じたんだ、と心が震えた。

誰かを本気で想う力を、信じたいと思った。

思春期は生きるのに手一杯だった。自意識で頭も心もがんじがらめだった。他人のことを慮る余裕がなかった。それは結局、甘い言い訳で、そういう時期だからといって誰かを傷つけた免罪符になんかならないとわかってはいるけど。

でも今のわたしは、過去に引きずられて閉じこもっているより、生きて、自分のレールを繋げていきたいと思う。そうするより他はないのだと思っている。

いつまでも怯えてはいられない。正しい人間などいないのだから。

誰も傷付けず、不快にさせず、幸せだけ与え続ける一生なんか、神様だって無理だ。できないことをしようとしてもはじまらない。

扉を開けるのは、不器用でも、下手くそでも、少しでも、人を幸せにしたいという願い。

心の中に、他人のスペースをつくる。

誰かの幸せを全力で祈る。その人のために何ができるか、考える。たぶん、居場所って、そういうところから作り始めるものだと思うのだ。

そっと心に問いかける。わたしはどんな人を、どうやって幸せにしたいだろう。そのためにはどんな業界が、職種が、働き方がいいだろう。

そうやって呼吸を整えてベッドに腰掛ける時、背筋がピンと伸びていて、「軸」が見えた気がした。

できるかどうかは、やってみないとわからない。けど、まだ何も知らないわたしたちだからこそ抱けるまっさらな希望がある。これから先、どんな風にでも染まっていける。今、入り口に立っているこの瞬間が、働くということを一番考えられるチャンスなんだと思う。

だからこそ、楽しもう。働く人との出会いを。今のわたしたちを。どんな将来を選んだとしても、働くってことは、かけがえのない思いっきり楽しいことをしたい、って気持ちを制限する宿敵なんかじゃないってこと。

そう信じさせてくれる本に出会えたから、胸を張って進める気がするんだ。

自分にとっていちばん、胸が痛くて焦がれる、誇らしい何かが溢れ出る場所へ。

【書誌情報】

島田潤一郎『古くてあたらしい仕事』(新潮社、2019年11月)

転職活動で50社連続不採用、従兄の死をきっかけに33歳でひとり出版社を起業した。編集未経験から手探りの本づくり、苦手な営業をとおして肌で触れた書店の現場。たったひとりで全部やる、小さな仕事だからできること。大量生産・大量消費以前のやりかたを現代に蘇らせる「夏葉社」の10年が伝える、これからの働き方と本の未来。

新潮社Webサイト「書籍詳細:古くてあたらしい仕事」より引用

ユキノの過去記事はこちら→ ルールの中で自由になるには / 偏愛道vol.5 短歌

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ユキノ

京都在住の大学生。自由と混沌をこよなく愛する牡牛座の21歳。
専攻は国文学、研究作家は芥川龍之介。

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