愛お歌詞 vol.2 「幸せはあなたへの復讐」松任谷由実

愛お歌詞 vol.2 「幸せはあなたへの復讐」松任谷由実

いつでもどこでも愛される楽曲には、丁寧に編まれた歌詞が寄り添っている。
そこには、歌い手や作り手たちの、はてしなく尊い営みがぎゅっと込められているにちがいない。でも、注目されるのは音楽性と歌手自身だったりする。

そんなニューフロンティアを開拓していくのは、私たちZ世代の粋なたしなみだと思う。
あなたがさっき聴いたあの曲の歌詞にも、ツイート以上、単行本未満の文学が隠れているかもしれない。

愛おしく、「をかし」な歌詞の魅力はいったいどこから来るのだろう?という視点で、“歌詞だけ”をかみ砕く連載「愛お歌詞」。

2本目となる今回は、松任谷由実「幸せはあなたへの復讐」を解釈してみたい。

あなたのように身勝手じゃなくて
仕事ができる大人の彼なの

I’m so sorry
だから 手のひらだけをあずけて
踊るのはこの曲が最後

いつかこのぬくもりが
誰のものでもいいと思うときがくるまで
私たのしく生きるの
幸せはあなたへの復讐

失恋をして、新しい恋に踏み出そうとしているときの人間ほど不安定なものはない。春の天気といい勝負である。

頭では、次の恋のために自分を磨かなければ!とあくせく動くものの、
もしかしたら、またあの人の隣を歩けるかもしれないという期待をどうしても捨てきれない。

特に、あなた=身勝手、彼=仕事ができる
という修飾のちがいに、恋心の育ちかたの差が出ているように思う。
身勝手でわがままでどうしようもないが、それでも好きだったあなた、には関係が破綻してしまったことへの後悔や、人としては愛していた痕跡を感じられるが、
仕事ができる彼という主観の少なすぎる描写からは、インスタントな恋愛のにおいがする。

ひとり暮らしをしている人にはわかると思うが、喧嘩したり看病されたりという思い出がある母親のつくる味噌汁と、おふくろの味と名されたフリーズドライ味噌汁の味の違いみたいなことである。

(そして、わたしたちはなぜどうしょうもなく、だらしがない人間を愛してしまうのだろう。)

それから、

幸せはあなたへの復讐

と歌う部分。
ここは、幸せはあなた(と付き合っていたあの頃の自分)への復讐 という意味も隠されているはず。

成功しているときは、過去も未来も考えなくて良くて、たのしい今の喜びを享受できるのに、失敗したときは過去の行いをめちゃくちゃ悔いてしまうし、未来なんて3ミリもない。
だからこそ、あの頃の自分がいかに盲目で、幼かったかを痛感してしまう。あ〜、あんな嘘つかなきゃよかった。あ〜、あのとき無理矢理にでも愛していると言えばよかった。なんて。

一見するとタフな女性像も見えるけれど、よくよく読んでみると、「あなたのぬくもりを忘れたわけではない」という寂しさのようなものも残っているのではないだろうか。

また、曲の最後で

私はもう恋人がいるの
昔のように気やすくしないで
解けた鎖の鍵を見せないで

と懇願(?)にもとれる描写がある。
この歌のキモはここでしかない!
よく見ていこう。

もはやこの書き方では、いまの恋人が免罪符みたいになっている。
「ほんとはあなたのことが忘れられないけど、私にはもう恋人がいるから、やめて。思い出したら戻りたくなるから」
くらいのことは漏れてしまっている

そもそも、恋人とわかれたら音信不通、というタイプのひとは、恋人の名前やデートした場所をふと思い出すことはあっても、ぬくもりや匂い、声はほとんど忘れているのではないだろうか。時間の経過とともに。

なのに、昔のように気やすくしないで と言えるのは、鮮明に思い出してしまうくらいに、引きずっているのである。
この元恋人は、ずるいね。

タイトルや出だしはめちゃくちゃ強がっているが、曲中に一貫しているのは元恋人のぬくもり、人柄といった「人間味への未練」であり、よほどの大恋愛だったのだろうともとれるし、強がる女性の中の弱さみたいなものも垣間見える。
1988年、ユーミンは当時30歳であったことを踏まえると、結婚やその先を考えられるくらい酸いも甘いも知った女性が、10代のようなフレッシュな失恋心情を描くこともなんだか愛おしく見えてくる。

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ホノ

編集部員。埼玉県出身の大学生。
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