愛お歌詞 vol.1 「スローモーション」

愛お歌詞 vol.1 「スローモーション」

いつでもどこでも愛される楽曲には、丁寧に編まれた歌詞が寄り添っている。
そこには、歌い手や作り手たちの、はてしなく尊い営みがぎゅっと込められているにちがいない。でも、注目されるのは音楽性と歌手自身だったりする。

そんなニューフロンティアを開拓していくのは、私たちZ世代の粋なたしなみだと思う。


あなたがさっき聴いたあの曲の歌詞にも、ツイート以上、単行本未満の文学が隠れているかもしれない。



愛おしく、「をかし」な歌詞の魅力はいったいどこから来るのだろう?という視点で、“歌詞だけ”をかみ砕く連載「愛お歌詞」。記念すべき初回。

スローモーション / 中森明菜

今回の「愛お歌詞」でピックアップするのは、1982年リリース、中森明菜の「スローモーション」(作詞:来生えつこ 作曲:来生たかお)。

私(2002年生まれ)の親世代にとっての青春の1曲である。

出会い:Spotifyレコメンド
第一印象:ジャケットの中森明菜さん(当時16才)がアンニュイで大人っぽい。「盛る」ための化粧ではなくて、生まれながらの美しさを補強するメイクも魅力的だ。現代にこんな女子高生がいたら確実に惚れている。

独特の速度感

早速、冒頭から読みこんでいこう。

砂の上 刻むステップ ほんのひとり遊び
振り向くと遠く人影 渚を駆けて来る

ステップは「刻む」なのに、人影は「駆けて来る」のがこの部分のミソだ。

歌の主人公(以下「わたし」とする)が夏の夕方、ほんの思いつきで浜辺を散歩しているのだろう。筆者的には裸足であってほしいところだ。夏の午後に、やけに時間がゆっくり流れているなと感じるのは、だれもが共感できる現象ではないだろうか。


そして、これまたほんの思いつきで砂浜に残る足跡のほうを振りかえると、誰かが駆けてくるのが見える。「渚を」と頭につけることで、波が寄せてくるような、おだやかで、しかし健康的な雰囲気をまとった「あなた」像が浮かぶ。

→「あなた像」は後半で詳しく解説

Aメロでは、「あなた」と「わたし」の間に、すでに速度感の差が生まれている。しかし「あなた」がスローモーションに映る瞬間は、まだここでは訪れない。

ふいに背すじを抜けて 恋の予感甘く走った


先ほどの「ほんの」に加えて、「ふいに」が使われる。少女が暇をもてあましてふらふらと、クラゲのように漂っている。アンニュイな雰囲気は、ここにも感じられる。


そこに「恋の予感」が「甘く走った」のだ。

Bメロからサビにかけて、突然に急加速する。けだるい「わたし」に、「恋の予感」というターボエンジンがついたから。燃料はもちろん、「あなた」へのときめき。
恋の予感からの速い鼓動=「わたし」の加速とも言えるだろう。


中森明菜さんのデビュー当時のコンセプトは、「ちょっとエッチなミルキーっ子」であった。同世代のアイドル(小泉今日子さん、早見優さんなど)によく見られた、フレッシュでかわいげの溢れるコンセプトとは違うベクトルだ。


少女と女性の間、大人の世界に片脚を踏み入れたけれども、どこかあどけなさがあるイメージだ。ヨーロッパのティーンが持つ若さ、美しさに近いかもしれない。
明菜さん自身も、このイメージに悩んだことが何度もあったそう。

ちなみにミルキーとは、いわゆるmilkyではなく、美しいルーキーのことであり、当時のメディアには「美新人」との表記もあった。「アイドル・中森明菜」に加えて、「歌手・中森明菜」のブランドを押し出したかったようだ。

この曲は彼女の1stシングルだから、そのコンセプトが色濃く反映されているはず。

出逢いは スローモーション
軽いめまい 誘うほどに
出逢いは スローモーション
瞳の中 映るひと

高層ビルのエレベーターや飛行機に乗った時の、キーンという頭痛は、多くの日本人に経験があるだろうと思う。
ここでの「軽いめまい」は、その頭痛と同じように、恋の速度に少女が追いついていけない、ある種の動揺を示しているのだろう。

こんな表現、どうしたら思いつくのか……
ただのめまいでなく、「軽いめまい」としたことで、けだるさと心地よさの含まれた困惑をうまく描いているように思う。


また、めまい、「あなた」を捉えている、そして繰り返されるスローモーション、すべての単語に共通するゆらめきの印象も、海や波のイメージ、若者の不安定な恋のイメージと合う。
マジカルバナナ的作詞に脱帽のかぎりである。

絶妙な「あなたの解像度」

ストライド 長い脚先 ゆっくりよぎってく
そのあとを 駆ける シェパード 口笛吹くあなた
夏の恋人候補 現れたのこんな早くに

2番のA・Bメロ部分には「あなた」の解像度をあげる描写がいくつかある。

まず注目したいのは、「ストライド」というワード。単語そのものは、陸上などスポーツの分野でよく用いられ、現代に生きる私たちには馴染みのある単語だ。

一方で、この曲が生まれた1980年代では、歌詞のなかで固有名詞としての外来語が使われることはあっても、概念・一般名詞として外来語が用いられることは少なかった。カタカナの羅列がもつ新鮮さは、今よりも強かっただろう。


また、「ストライド」から連想されるイメージとしては、「颯爽」「さわやか」「スピード感のある」などが挙げられるだろうか。「そのあとを駆けるシェパード」「口笛」も、「あなた」のさわやかさ、快活さをさらに強めて、健康的なシティボーイ像を思い起こさせる。

しかし、具体的な人物の顔や属性を特定するまでには至らない。


これこそ、中森明菜のコンセプトにある「ミルキー」を実現する、かなり重要な要素だ。

当時のファン(主に男性)に広くあてはまりそうな「あなた」を謳いながら、しかし、“誰のものでもないアイドル”のブランドは崩さない、絶妙なバランス。
そんなバランス感覚のある歌詞が、愛される新人らしさと、高嶺の花の美しさを両立させたのである。

それから、この出会いが「夏の恋人候補」であることにも触れておきたい。

春でも冬でもなく夏なのである。

夏はちょっとハメを外しても許される!というのが、私たち日本人の共通認識だと言ってもいい。梅雨から秋の長雨までの、刹那的で急激な夏の訪れは、どこか儚く、しかし強烈な色彩をもつ季節として君臨する。

私たちはそれに似合うように、鮮やかな思い出をつくろうとするのかもしれない。

「わたし」のラブモーション

ラスサビ部分に移ろう。

出逢いは スローモーション
心だけが 先走りね
あなたの ラブモーション
交わす言葉に 感じるわ

出逢いは スローモーション
恋の景色 ゆるやかだわ
出逢いは スローモーション
恋の速度 ゆるやかに

砂の上 刻むステップ 今あなたと共に

曲の終盤に向けて、加速した「わたし」と、「あなた」のスピードが揃い出す。しかも、遅いところで。

普通の感覚では、心のスピードが速いまま、恋人関係に突っ込んでいくのではないか。


しかし、曲中の二人はそうではない。「わたし」は「心だけが先走り」しており、行動や言動に燃える恋心をうまく表せず、「恋の景色」「恋の速度」がゆるやかであることに、どこか焦れったい気持ちがありつつも、その状況をうれしく、たのしくも感じているのだろう。

また、「あなた」が投げる言葉には、色づきつつある好意や、淡い期待、アプローチも溶けこんでいるのよね、という「わたし」の期待も読み取れてしまう。

二人は恋人になるのか、それとも片想いなのか、いったいどうなっちゃうの〜?!と声が出そう。そんな、週刊連載の漫画の「次週に続く」を見たときのような、言葉にできないもどかしさをリスナーに与えている。

はやく大人になりたい、でもまだ子どもでいたい。

そんな少女の夏に彗星のごとく現れる偶然の恋。初めての「恋愛」にはまっていく、夢を見ているような感覚が、まさに「スローモーション」なのだ。

リリースから40年が経つが、その歌詞は色褪せないまま、21世紀を生きる私たちにも感動を与えてくれる。

すべての色彩が美しく輝く夏がまもなくやってくる。そんな今こそもう一度聴きたい逸品である。

( 中森明菜さん、57歳のお誕生日おめでとうございます!)


「スローモーション」はこちらから☟

昭和ポップスを愛してやまない、かなえ氏さんの記事はこちら

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ホノ

編集部員。埼玉県出身の大学生。
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