〈第三世代〉戦争再考計画2 / 戦争を学問する

〈第三世代〉戦争再考計画2 / 戦争を学問する

真珠湾攻撃から80年経ちました。戦争は記憶ではなく、歴史の一ページの出来事に落ち着いていくのを感じます。しかし、あの戦争が起こったのは本の中ではなく、まさに私たちが生きているこの国で起こったことでした。

実際に戦争を経験した人びとはこの世界を去っていきますが、戦争をした事実は永遠に消えません。

それでは、これから日本人として生きていく私たちは、この事実をどのように受け止めるべきなのでしょうか。

今回の企画「〈第三世代〉戦争再考計画」では、戦争について考えたい〈第三世代〉の若者が集まり、それぞれの視点から意見を出し合いました。

太平洋戦争を学習する機会はほとんどの日本人に与えられますが、テキストやビジュアルの中の出来事として理解されることがほとんどなのではないでしょうか。

今回、それぞれのきっかけから戦争に対して特別な思いを持ち、考えを深めてきた大学生4人が集まりました。個人主義の時代に、現在のみならず過去と繋がろうとする第三世代の想い。

参加メンバー

(敬称略)

島倉:東京大学教養学部前期過程2年。3年からの進学先は日本史学科(予定)で、近現代史を研究対象にしたい。昔から、戦争に関心がある。

フク:大学では史学科に所属。専攻は近現代日本史。太平洋戦争を卒論テーマにする予定。

やっさん:法政大学3年。沖縄戦で亡くなられた方の遺骨収集をした経験がある。関連して沖縄戦について調べたり勉強会を主催したりしている。

【進行】ナカノ:大学では美術史を専攻。太平洋戦争がイメージ上でしか捉えられないことへの違和感をもっている。

イラスト:Loose Drawing

各々と戦争

ナカノ:今回の企画は参加者集めに苦戦しました。参加してくださった皆さんは、どうして戦争に興味を持っているんですか?

島倉:血縁に軍人がいたから身近に感じていました。「私」のアイデンティティの延長線上に、軍人がいる、というのが大きいかな。自分を知ろうとするとき、自分だけでは完結しきらない。だから私は「自分を知る」ということは、自分だけじゃなくて、過去に連なっている先人たちを知ることと思っています。

中でも、小さい頃から母方のお墓参りへ行くと、「陸軍少尉誰々、〇〇島で戦死」みたいなお墓があって、子供ながらに先祖が戦死してるということが感じられました。

フク:『昭和天皇物語』(小学館HP)を読んだ時に、今まで教科書の記述の一つってイメージだったけど、ほんともう50年、100年前とかの話だし、すごく親近感が湧きました。それでちょっとやってみようかなと思って、勉強を始めているところです。

やっさん:ボランティアで参加した、遺骨収集活動がきっかけです。遺骨収集のボランティアをやっている団体ってすごく少ないんです。人と違うことをやってみたいという考えから、珍しそうな遺骨収集の活動を選びました。

その時に沖縄戦の歴史に初めて触れました。学校で暗記した沖縄戦の事実が、それが実際どういう舞台で、どういう風に人々が最期を迎えていったのかを実際に知って行く中で、衝撃を受けました。沖縄って、今でこそ、平和な観光地になってますけど、その裏には、負の歴史、国内最大の地上戦が行われた沖縄があるんだ、ということを初めて実感しました。

自分は沖縄とは縁もゆかりもない人間だったので、その時初めて沖縄戦の現実に直面して、やっぱりもっと知らなきゃいけないなという気持ちに駆り立てられました。

フク:国外で戦死した方の遺族の話を前に聞いたことがあります。亡くなったことが悲しいんじゃなくて、遺骨が手元にないことが悲しいという風に言ってて、ご遺骨って大事なんだなあって思いました。山本さんたちの活動は意義深いものなんだろうな。

やっさん:骨壷に入ったご遺骨が届いて「本当に亡くなってしまったんだ」ということを初めて実感できると思います。当時、戦況が悪化するにしたがって死亡者にまでリソースを割けない状況になっていきました。本国に届いた骨壷の中身は、ご遺骨でなくて現地の石や砂、土だったというケースも末期に近付くほどあったそうです。

ナカノ:箱に重みがあることが大事だったということですか?

やっさん:「少しでも魂を日本に返すことができたら」という思いで現地の戦友が入れたりしたっていう話は聞いたことがあります。

ご遺骨が帰るか否かということは、遺族にとって大きな意味があると思いますし、まだ全体の戦没者の中の半分ぐらいの遺骨(約240万人の海外戦没者の内、約128万柱の遺骨が収容。出典)がまだ帰ってきていないという状態なんですね。

あまり話題にはなりませんが、その現状をどう捉えるかという問題は、確かにあると思います。

ナカノ:「リアリティ」がキーワードな気がしてきた。島倉くんがアイデンティティを知るために遡るのもルーツにリアリティを感じていたからだと思うし、やっさんが戦争を自分ごとにできたのはリアリティが迫ってきたからなんじゃないかな。

過去と繋がる

島倉:戦争に関心がない人が多いのは、「『私』という存在がいるだけだから、別に祖先なんか関係ないじゃん」という近代的な捉え方をする人が多いからと思う。

現代は匿名性とかいうように「苗字なんかいらない」とか、「血縁なんか関係ない」とか、そういう感じ。そうなると、戦争時代の歴史も捨てられていくし、同時に歴史との繋がりも捨てられていく。

ナカノ:なぜ歴史との繋がりが大事だと思うの?

島倉:僕は田舎育ちで、近所の人は皆遠い親戚。苗字がおんなじ人が地域にたくさんいる。だからみんな苗字じゃなくて屋号、つまり先祖の名前で呼ぶのよ。キスケ、八兵衛とか。

幼い頃は屋号なんて知らないから「は?八兵衛って何!?」って聞くのよ。そうするとこの家は、ご先祖さまの名前が八兵衛なんだよって教わる。

小さい頃から嫌が応にも過去や先祖を意識させられる環境だから、過去は「自分」と不可分のものだったのかな。

ナカノ:フクとやっさんは、歴史との繋がりを意識することはこれまでありましたか?

フク:原資料を見る時かな。室町時代とかの文書の、くずし字や判子とかがある、文書が翻刻されていないままの状態の資料とかを見ると、「ああ、これを書いた人がいるんだなあ」って繋がりを感じる。

島倉:本物を見るって大事ですよね。

本物から感じる、「どぉぉおおん」っていう感じ?写真で見てるよりもさ、大きさとか、仏教資料で説明に「これは血で書かれている」とか書いてあるの見るとさ、「血で書いたのぉ!?(裏声)」みたいな。

遺骨とかも、やっぱり「本物」に入ってくる。大事だよな。想像や「偽物」よりも、きっかけとかブースターにはなりやすいと思う。

ナカノ:ブースター!やっさんは?

やっさん:「現在」ってそもそも過去の積み重ねですよね。

例えば、沖縄って現在でもアメリカの文化がたくさんある。タコライスとか。それは元を辿れば、アメリカに統治されていた時代がある。なぜ統治されたかと言えば、沖縄での地上戦、敗北、占領、っていう過去があるからですよね。歴史を調べると、今に繋がっているなあと感じます。

当時の沖縄の、自分と同年齢の人が残した証言を見ると、覚悟を決めて敵陣に飛び出していったり、集団自決で自らの手で家族を殺めるという判断をしたり、というものがある。

もし自分がその場にいたら、果たして自分は同じになるかな、違うかな、と考えます。当時の人たちも、狂人では決してなくて、自分たちと同じだったはずなんですよね。人生を狂わせるのが戦争なんだということを感じます。複雑な気持ち。

遺骨収集に赴いた沖縄にて 撮影:モエコ

あの時も今も日本人

ナカノ:4人とも、戦争について考えるきっかけを能動的に掴んできました。だけど、すべての人が小学生時代から戦争を学んではいますよね。教育というきっかけがあるにもかかわらず、多くの人が通り過ぎてしまうのってなんでだろう。

フク:それと、島倉くんが言うように、過去と繋がらず「自分は自分」という考え方を持っている人たちが、戦争について勉強する義務があるのか、ということも聞きたいかな。

島倉:戦争って今の視点から見ると「南京陥落、シンガポール陥落、万歳」と国民が戦争を推進していたんじゃない?とも言われる。

でも今、例えば東京五輪だとTwitterで、「五輪なんて馬鹿じゃないの!?政府何考えてるの!?」みたいなツイートが多かったのに、スーパー行く時、たまたまブルーインパルスが飛んでるのを見て、周りの人たちはみんなスマホで撮影していたんだよ。その光景に違和感を感じた。

反対しているけれど、盛り上がるところには乗っかる、というチグハグ感。戦争もそうだったんじゃないかな。

家の中では「米英と戦争なんかやらない方がいい」って言っておきながら、外では「万歳、万歳」って言っていたんじゃないかな。あったと思うんだよねえ。

その人間性って今も昔も変わっていない気がします。僕は、今この世界であれほどの戦争が起こるとは思わないんですけど、人間性自体は変わっていない。

今の教育ってそこが抜けていて、ただ事実の羅列だけになっているけど、時代が変わってもそういう人間性は変わっていないでしょ、っていうのを教えるのが歴史教育の使命だと思うし、興味によらずそれぐらいの学習をする「義務」はあると思うんだ。日本人として。

事実を「覚える」義務はないけれど、日本人として、人間として自覚する、今の日本人は当時の日本人と本質的な人間性は変わってないと知っておく必要がある。

でも今は、戦争をタブー視する感覚が、特に我々くらいだとあると思うんだよね。

ナカノ:戦争がタブー視されるのは、自分ごとだからなんじゃないかな?

本質的に日本人は何も変わっていないから、タブーになり得るのでは?

島倉:日本人が戦争を起こしたっていうよりも、戦争が戦争を起こした気がするんだよね。

太平洋戦争って、いきなりハワイでドカンってやったわけじゃなくて、日中戦争が泥沼化していて、資源が足りないってことで、南方に進出して太平洋戦争に仕方なく向かった。

アメリカもいきなり締め付けたわけではなくて、段階的に条件をつけて包囲していった。でも日本は日中戦争をやめられなかった。なぜならそもそも日中戦争の始まりを辿れば、日清・日露戦争と繋がっているわけで。

戦争が戦争の連鎖を呼んでいったんだと思う。

だから別に日本人がどうとか、アメリカ人がどうとか、という問題ではない気がする。

責任は「戦争」にある。無生物主語になっちゃうけど。

話を戻すとタブー視されるのは日本人だからではなく日本には今、軍がないんだから戦争は関係ない。だから戦争も考えない、という思考停止・思考放棄状態だと思います。

薔薇の花言葉は「平和」
イラスト:Loose Drawing

「戦争第三世代」の危機感

島倉:「戦争第三世代」(出典)が重要なキーワードだと思ってる。

第一世代は、戦争経験者。第二世代はその子ども。第三世代はまたその子ども。今の高校生以下って、祖父母が戦後生まれの第四世代に入ってしまうのよ。だから、戦争経験者から直接話を聞き得る第三世代の最後が、我々20才前後。

戦争経験者がいなくなる危機感を感じてる人はいるけど、まもなく本当にいなくなってしまう。そして戦争経験者と接したことのない人たちがこれからの日本を担っていく。

その中で、うちら第三世代が最後の防波堤になってるわけ。負っている使命は大きいんだよね。

ナカノ:第三世代の重要性って、最初のリアリティの問題に戻るね。やっぱりリアリティが大事?でも、人は死んでしまうし、ものが残る。

やっさん:遺骨収集って収集すること自体も重要ですが、大学生が携わる意義はそこじゃないと思うんです。遺族の元にご遺骨を届けるだけなら、専門業者に委託すればもっと効率的にできるはず。

僕たち大学生がやる意味は、戦争に関心を持って欲しい、リアリティを感じて欲しいという思いを受け止めることにあると思うんです。

遺骨収集を通じて、戦争に本当に向き合うきっかけを自分たちはもらっているんです。

島倉:失われたものって、もう語れないんだよ、記録にも記憶にもない戦争時代の状況を述べることはできない。でも、失われつつあるものはなんとか残せるんじゃない?そして、失われつつあるものを通じて、失われたものになんとかつながれると思うんだよ。

だから、失われたものじゃなく、そのカオス――失われつつあるものの集合体をなんとか留めなければいけないと思う。

そこがリアリティ。

今あるものだけがリアリティなんじゃなくて、今あるものと、もうなくなったものの間にあるもの、半透明のものにこそ、僕はリアリティを感じなきゃいけないと思う。

感じたいと思った人は、その半透明にこそリアリティを求めて欲しくて。そうするとリアルが広がっていくと思うんだよね。

半透明を架け橋に、失われたものにもアプローチできる。

戦争経験者はいなくなりつつあるけど、その失われつつあるものを通じてなんとかアプローチしたい。

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中野多恵

編集長。大学院生。芸術コミュニケーション専攻。

好きな言葉:「手考足思」(河井寛次郎)

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