嫁・膨らむ意味 / 辞書企画vol.4

嫁・膨らむ意味 / 辞書企画vol.4

辞書の語釈を手掛かりに、1つの言葉と格闘する「辞書企画」。第4弾である今回は、ずっと身近にあったはずなのに、最近気になる「嫁」という言葉について、ナカノとカヤが考えます。

ナカノが気になる「嫁」

辞書における「嫁」

「嫁」という言葉が耳につき始めたのはいつだろう。

芸能人や広告が「嫁」呼びをすると炎上し、炎上に対してまた炎上。今のところ鎮火できるのは時間だけのようだ。

そもそも、「嫁」ってどういう意味だっけ。

よめ【嫁・娵】

① 息子と結婚した女性を親の側からいう語。息子の妻。

② 結婚する相手の女性。「―を探す」「―をもらう」↔婿

『大辞林』第四版 2019(令和一)年9月20日、松村明編、三省堂

つまり、姑やこれから結婚する男性が使う言葉ということか。

しかし、テレビやラジオで耳にする「嫁」という言葉は、「妻」と同じような意味で使われているし、特にお笑い芸人が使っている印象がある。それもそのはず、『三省堂国語辞典』を編纂する飯間浩明氏によれば、関西では妻を「嫁」と同義に使うことがよくあるそうだ*。関西の文化が根強い業界だから、言葉も直輸入であることが多いのだろう。

余談だが、筆者も進学を機に東京文化圏から関西に出てきて、言葉の違いを実感することは多かった。例えば、関西人は怒ると主語が「じぶん」になる。「じぶん、何やってんのかわかってるう?」このフレーズを譜面に起こすとしたら、「じぶん」にはアクセントを確実につける。それくらい「じぶん」は迫力満点なのだが、最初に聞いたときは「なんでじぶん?」と首を傾げたものである。でも、怒られている時は言わぬが仏。

何が言いたいかと言えば、今を生きる「嫁」という言葉は、辞書的な意味だけではおさまらないということである。テレビに向かって「それは辞書的定義から外れているっ!」と主張したところで、やってくるのは虚しさだけだ。

「嫁」と炎上

さて、「嫁」炎上に関する発言で、興味深いものがあったので取り上げたい。2021年2月に、ある芸能人が「髪が伸びた時には自分で切ったり、嫁に切ってもらったりしている」との発言が炎上した。この社会現象を、「ポリコレ」がトークテーマの報道番組が扱った際、出演していたある政治学者が以下のようなコメントをしたのである**。

「多分、あの俳優さんは照れ隠しで言っているだけだから……」

つまりこういうことか。「嫁」という夫サイドの目線に立った言葉を使うことで男性優位ニュアンスを含ませ、恥ずかしさもありながら夫婦の仲睦まじい様子を言語描写する際に、「照れ隠し」をした。

確かに、「嫁」に違和感を覚える人が一定数存在するからこそ炎上するわけで、「嫁」に男性優位のニュアンスが含まれることがある、ということは明らかだろう。今回取り上げた事例に限らず、一度炎上した言葉というのはその後、固有の意味だけでなく炎上したという事実も背負って使われることになる。信憑性を問わなければ、裏付けのない炎上はない。筆者も、「嫁」という言葉が辿った様々な経緯を追う中で、立場は様々だが、気をつけなければならないことはよくわかった。

辞書の定義を超えて

言葉は、いつ、どこで、誰から、誰に、何のために、どんな状況で、などなど様々な条件を含みこんで受け手に届く。さらに、その言葉が一度でも「炎上」やら「トレンド」になったのなら、その歴史も背負いこむことになる。国語辞典の意味通り、その言葉が発せられ、理解されるような単純構造ではない。

そう考えると、その俳優に「なぜ『嫁』という言葉を使ったんですか?」と問いただすことも、「照れ隠しで言っている!」と他者が解釈し弁護することも、ナンセンスだ。

ただ、「嫁」という言葉が取り上げられ、解釈され、議論されることは無意味ではない。その議論すら、「嫁」が背負い込むのだ。「男性優位のニュアンスが含まれる場合があるらしい」ということ。「照れ隠しだと解釈される場合もあるらしい」ということ。そして、「炎上する場合もあるらしい」ということ。

巻き起こった議論を知る人の間では、炎上という「前科」を持った言葉となるのだ。

よめ【嫁・娵】

① 息子と結婚した女性を親の側からいう語。息子の妻。

② 結婚する相手の女性。「―を探す」「―をもらう」↔婿

『大辞林』第四版 2019(令和一)年9月20日、松村明編、三省堂

改めて語釈を読んでみると、私はこみ上げる違和感を隠せない。読者の皆様はどうだろうか。もし私とあなたが共感したとしたら、このテキストの存在も既に、「嫁」の意味の肥大化に加担しているということだろう。

*,** 参考:「【ポリコレ】嫁や肌色、美白も…変わるコトバと表現 ポリティカル・コレクトネスの本質とは?ジェンダー格差の解消や多様性のある社会どう実現?分断を生まない運動の進め方を考える」ABEMA 変わる報道番組#アベプラ4月16日配信回。10月16日アクセス。

肥大化する「嫁」は止まらない。ここまで、メディアにおける「嫁」について書いてきたが、所謂「オタク」文化の中からも、「嫁」について考えられそうだ。

カヤが気になる「嫁」

オタク文化における「嫁」

俺の嫁、という言葉を聞いたことがあるだろうか。

アイドルオタクやアニメオタクが、ドヤ顔で、あるいは真剣な面持ちで発言している様子を想像することはできるだろうか。

一般に、「俺の嫁」とは男性(オタク)が、理想的な女性の人物やキャラクターに対して使用する言葉である。「〇〇は俺の嫁」と言うことによって、その人物及びキャラクターが、どれだけ魅力的であるかを、あり余る愛情と共に示すことができる。あえて言えば、姑やこれから結婚する男性が使う「嫁」を使うことによって、自分と人物及びキャラクターが近い存在となる。つまり、現実では手が届くことのない遠い世界や、アニメのような空想上の現実の中に自己を投影することができるのである。

近年では女性が男性のキャラクターに対して使うこともあるし、女性が使用する「私の婿」という派生形も生まれたようだ。

男性が女性キャラや生身の女性に対して「嫁」という男性優位な言葉を自分本位で使用すること。公的な場で嫁という言葉を使い炎上した芸能人、SNSで炎上した企業アカウント。いまや「嫁」とは議論を巻き起こす言葉と言えるであろう。

しかし、多くのオタクは、「実際に嫁に迎えるつもりである」という現実的な意味ではなく、よりライトな意味で使用している。基本的には愛情を表すための言葉であるため、異性だけでなく同性にも、また自身の愛用品など「もの」を指して使用することもある。前述の「照れ隠し」の話題のように、自分優位な言葉をあえて使うことにより、話題にユーモアさを持ち込んでいるのだ。

「嫁」は国境を超えて

ここで、世界に目を向けてみたい。日本から始まったオタク文化は、今や世界中で厚い支持を受けている。そんな中で、海外のオタクが「mai waifu」という言葉を生み出したことを知っているであろうか。日本には「妻」「嫁」「家内」「奥さん」のように、結婚した女性の呼び方が多く存在する。しかし、海外では妻はwifeであり、嫁はwifeである。日本のオタクは、数ある呼び方の中で、最も自分たちのオタ活に合致する意味を内包する「嫁」を選択したが、英語にはそれができない。そこで英語圏のオタクは、造語「mai waife」を生み出した。カタカナの「ワイフ」をローマ字表記しより日本語の発音に近づけた造語である。これは、日本語が母国語ではない人たちが、my wifeにはオタクが使う「俺の嫁」の意味・ニュアンスが含まれていない、と判断した結果にほかならない。同様に、「mai husbando」という「私の婿」に対応する造語もあるようだ。

このようなオタク文化の観点からも、「嫁」という言葉がいかに肥大化しているかがわかる。「俺の嫁」は、アニメやアイドルなどに熱狂するオタクがあえて使うことで、特有の意味を持たせ、界隈の独自性を生み出す役割も担うようになった。

炎上した前科を持つ言葉。

都合のよい意味を付与された言葉。

辞書的な意味とはかけ離れた言葉。

それらとの向き合い方が、わたしたちには問われている。

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ナカノ・カヤ

【ナカノ】(画像左)MAJIME ZINE編集長。新潟出身。京都在住。大学では美術史を学ぶ。「推し」はいないが、「推しがいる人」は好き。
【カヤ】(画像右)新潟出身。奈良在住。大学では建築を学ぶ。奇抜だけどあたたかみのある建築が好きです。オタク人生9年目に突入。

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