no title#10 地下鉄異文化交流
公共の場、地下鉄。人と人が近づくその空間では、ほとんどの人々は言葉を交わさない。多くの人が今日もすれ違っていく。(ジュン)
地下鉄、プラットフォームで大きめな制服を着てランドセルを背負った小学生たちがはしゃいでいる。学校指定の制服に帽子、多くの教材が詰まっているだろうランドセルを毎日背負って、電車で通学する小学生も大変なものだ。少し騒がしくて聞いていると、
“Do you like cat??“
―”Yes, I do!!”
“Do you like……Syukudai?“
―”No I don’t!!!!”
と簡単な英語を話しては笑っている。
おそらく、“Do you like ○○?” という学校で習ったばかりの文法を使いたくて仕方がないのだろう。○○に、自分たちが思いつく限りの単語を当てはめ、楽しんでいた。
しかし、彼らは単に仲間内だけで“Do you like ○○?” を試していたわけではない。彼らが無邪気に笑いながら英語で話しかけている先には、背の高い黒人の男性がいた。どこにルーツを持つのかはわからないが、恐らく外国籍だろう。傍から見ると、習いたての英語を試す絶好の機会とばかりに思えるが、その良い機会に利用される側はたまったものではない。しかし、そんな小学生同士の英文法の「復習」に彼もまた、笑いながら、邪気のない子供たちに対応していた。
そのうちに電車が来た。私は期せずにだが、彼の隣に座ることになった。小学生たちは彼の近くには座らずに、少し遠い場所から彼を眺めて(おそらく聞こえないと思っているのだろう)、“Do you like ○○?” を続けていた。彼もたまには彼らの方を見て、人差し指を口に当てて、静かに、というジェスチャーをしていた。
しばらくして子供たちの関心も薄れてきたのか、彼に対してあまり“Do you like ○○?” をかけなくなってきた。私は、2回目の通読となるフィッツジェラルド著の『グレート・ギャツビー』を開いて、1920年代のアメリカの世界へ入りこもうとした。すると隣で動きがあった。なんと彼も鞄から本を取り出したのだ。本を取り出すぐらい、わけもない動作である。しかし、私はその手に取られた本に書かれた、『N険』の文字が視界に入って、気になってしまったのだ。
『N検』―日本語検定。
彼は留学生だろうか、移住者だろうか。
いずれにしても、彼は日本に興味を持ち、日本語を習得しようとしている。
彼は外国人で、日本で、日本語の世界に。そして私は日本人で、日本で、アメリカの世界に。
地下鉄の中、公共の場、様々な人がいて当たり前。そんなことはわかっているが、やはり、このような出来事は嬉しかった。
結局、私は電車を降りるまで、彼に声をかけることはできなかったが、彼は私が地下鉄から降りる際に見たときも熱心に日本語の勉強をしていたように思われる。
たった、ルーツの異なる人と地下鉄での隣り掛けを共有しただけ。なんてことない、それだけのこと。
しかし、グローバル化と言われていた世の中でのコロナ禍、ロシア・ウクライナ間での戦争勃発、それによる移民、難民…そんな交錯する毎日が続いている中、このことを受けて、私はかってに異文化交流をした気になってしまった。
グローバル化は退いているのか、進んでいるのか、わからない。
ジュン
大阪出身の大学生
専攻:美学芸術学―文芸学
好きな言葉
「冬がなければ、春をそんなにも気持ちよく感じない。私たちは、時に逆境を味わわなければ、幸福をそれほども喜ばなくなる。」―シャーロット・ブロンテ
編集部での役割
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