ピースサインするのなんで?[yu-an youthコラボ企画]/文殊の知恵 vol.8

ピースサインするのなんで?[yu-an youthコラボ企画]/文殊の知恵 vol.8

その問いは、参加者のピースにまつわる、とある思い出からはじまりました。

集合写真を見返してみると、必ずといっていいほど出会うポーズ。立ち止まって考えると、PEACE、つまり平和という意味が込められていることに気が付きます。

しかし私たちは、どんな状況だろうとピースサインをしています。

いったいなぜ、人は写真を撮る時、ピースサインをするのでしょうか。

「複数人で話し合えば、ひとりでは考えが及ばないことにも辿り着けるのでは?」をコンセプトにしたおなじみの企画、「文殊の知恵」。

京都の町家で開かれる 学生主催のサロン「yu-an youth」とコラボして、4人で知恵を持ち寄り、ピースサインを「マジメ」に考え直しました。そして、本記事は、イベント中に参加者の皆さん自身で編集したものです。

過去のyu-an youth イベントレポートはこちら↓
①これから考えたいこと/文殊の知恵vol.3
②中学校の教科で一番役に立ったのは? / 文殊の知恵vol.4 

参加メンバー

今回のディスカッション参加者は以下の4名です。

ユキノ

MAJIME ZINE編集部。文学部で日本近代文学を専攻。 人生に影響を与えたコンテンツ:金城一紀『GO』社会問題の解消に取り組んで人を支えられるような道を歩みたいと思わせてくれた。

西尾

yu-an youth運営メンバー。大学では美学芸術学を専攻。東洋美術に興味がある。 人生に影響を与えたコンテンツ:郝景芳(ハオ・ジンファン)の本 自粛期間中、偶然出会った中国の作家・主人公の大学生が、内面的な探求をしていくさまが自分の境遇に重なった。

イシハラ

yu-an youth運営メンバー。浮世絵について勉強中。特に好きなのは歌川国芳。 人生に影響を与えたコンテンツ:漫画『マギ』アニメにハマるきっかけになった。

タケル

情報学専攻の大学生。認知について勉強中。 人生に影響を与えたコンテンツ:機動戦士ガンダムシリーズ 戦争と人間とリアルロボの上で哲学を語っているのが好き。

「ピースサイン」の原風景

イシハラ

アルバムを振り返ると、私の小さいころの写真って、4歳から5歳ぐらいまでずーっとこれだったんです。(両頬にそれぞれ人差し指を突きさすポーズをしながら) だけど、みんながピースをしてたから私もピースをするようになりました。

西尾

そのポーズって、自分で考えたの?

イシハラ

いや、あんまり覚えてなくて。 自分で考えたのか、アニメで見てこれが可愛いと思ったのか……

ユキノ

ピースサインをするようになってから(人差し指をほっぺに突き刺すポーズに)戻ったことはありますか?

イシハラ

いや、ないですね。 当時はほっぺに刺すのが可愛いと思ってたんでしょうね。 でも、子供っぽいのかな、と気づいて。子供なりに。 みんながピースをするってことは、ピースが主流なんだろうと、だんだん理解したんだと思います。

ユキノ

なんでみんなピースするんでしょうね?全員でほっぺに指を刺したっていいのに。

イシハラ

私はピースサインって、「決めポーズ」だと思ってます。 「とりあえずピースしとけば格好がつくだろう」という理由でみんなしてるんじゃないかと。

西尾

指2本が収まりがいいんじゃないですか? 3本だとちょっと、重たくなるというか、収まりが悪くなるというか。

イシハラ

なぜいろんなポーズの中でピースが勝ち残ったのかこそ、気になりますよね。

文化としての「ピースサイン」

タケル

お話を聞きながら手元の書籍(岡本真一郎『言語の社会心理学 伝えたいことは伝わるのか』(2013年、中央公論新社))をあたっていたんですが。対人関係に関して社会心理の観点からことばを考察している本です。 これによれば、ジェスチャーは、その場に応じて自発的に形成されるもの(たとえば、これぐらいの大きさの……といった条件に応じて作られる)と、そうでないものの2つに分けられるそうです。 でもそのうちピースサインは、「周囲に合わせて」という環境要因が大きいので、前者のその場その場で形式的にできるものとは違う。

イシハラ

ピースサインをすることが、「形式」になるっていうこと?

タケル

そうですね。 人がピースサインをする理由は、「周囲がやっているから」ということと相関が強いんじゃないかと思いますね。 イシハラさんの、頬に指をあてるというジェスチャーが変化したのも、「周囲の人間がやっていない」という変数が大きいんじゃないかと。

イシハラ

確かに周囲がやっていないからやめましたね。 ピースサインってものが元々存在していて、それが写真をとるときのポーズなんだ、とつながったのかもしれないですね。

タケル

人間の筋とか関節の問題から、たとえば3本や、中指と薬指だけ立てるとかは構造上難しいので、比較的やりやすい2本指が残ったのではないかと想像はできます。 ただピースサインがピースサインたる所以は、指の構造という問題以上に、周囲の人間っていうパラメーターが大きいのかな、と。

ユキノ

なるほど。じゃあ、周囲の人間がピースサイン派じゃない集団に属していた人はピースサイン派じゃない可能性もありますよね。

言語としての「ピースサイン」を見たときの意味

ユキノ

みなさん周囲はピースサイン派でした?

タケル

そうですね。

西尾

写真を撮る時、ピース以外のポーズで撮るっていうことが思いつかないですね。

ユキノ

それだけピースをした方がいいと思ってるってことですよね。

イシハラ

ピースをすることは、自分が不機嫌じゃないことを示す証だと思う。 とりあえずしておくことで、カメラに残る自分はあたかも楽しそうに見えるというような。 だってピースしとけば真顔でも楽しそうに見えません?

ユキノ

「私は今楽しんでますよ」のサインでもあるんですね。

西尾

僕は、「周りがやってるから」が大きいですね。みんなで集合して写るってなった時に、誰かがピースしだすじゃないですか。 そもそも写真とか好きじゃないんですけど。 楽しくなくても笑顔だったら楽しくなってくる、みたいな効果をピースサインにも感じます。

ユキノ

写真を撮られるのが嫌でも、ピースをしているうちに、「まあいっか、写真撮られても」となると。

西尾

場との一体感っていうのはありますよね。

タケル

僕はピースサインは、言語の延長線にあるんじゃないかと。 ✌のように、絵文字という実際に文字のなかで使う存在にもなっているわけで。 文化が違うと意味が違うというのも、日本語がアメリカでは通じない、ということと似たところがあると思います。欧米では、手の向きによっては侮蔑になりえるんですよね。 だから、「なんでピースサインをするのか」は、「なんで〈私〉のことを”私”という三文字の文字列で表すのか」というような、言語の問題につながると思います。

西尾

それはたとえば、出会った時に「こんにちは」という言葉を発するのと同じような感じということですか? カメラを向けられたら条件反射的にピースしてしまう、みたいな。

タケル

そうですね。 それぐらい自然な一つのルーティンなんじゃないでしょうか。 「はいチーズ」と言われたら、平和と関係がなくてもピースサインを出してしまう。 早くなくても人と会ったら「おはようございます」と言うように。

ユキノ

ピースサインは、言語のレベルまで浸透した文化だと。 そうするとイシハラさんの幼少期のジェスチャーがピースサインになった理由も見えてきそうですね。

言語発達との相関

タケル

ちなみに、イシハラさんが元のポーズをしていたのは何歳ぐらいのことだったんですか。 言語習得の段階とどういう相関があるのか気になるのですが。

イシハラ

多分4歳ぐらいまでだと思いますね。5歳の時にはすでにピースサインだったと思います。

タケル

なるほど。非言語コミュニケーションとしてのジェスチャーが収斂していくのが5~6歳くらいなので、ある種相関がありますね。因果関係とまではいえませんが。

共有している「ピースサイン」の意味

イシハラ

じゃあ、ピースに意味があるっていうより、「そういう文化」と思う方が納得できますね。

西尾

言語として見るなら、お互いに共有している必要がありますからね。

タケル

ジェスチャーのピースサインという表象は、相手に対して不機嫌でないことを示す意味がのっているというお話でしたね。 「こんにちは」という文字列の背後に「お昼ですね、あなたに敵意はないです」という意味が載っている。ピースサインにはその写真バージョンという側面があるのかも。

ピースサインは世代とともに?

イシハラ

ピースって年をとったらやらない人が多いじゃないですか。

西尾

え、そうなの?

ユキノ

確かにおじいちゃんおばあちゃんがやってるのは見たことないかも。

イシハラ

私は両親がやっているイメージがなくて。 ある一定の年齢に達すると、みんなやらなくなると思ったんですが…… 決めポーズとしてピースをする必要性がなくなっていくのかなと。

タケル

世代間のミーム、流行りの言葉としてのピースサインなのかもしれないです。 全ての人に対して通じる「こんにちは」とは違って、指ハートは通じない世代がいるように。 ピースサインが廃れるジェネレーションがあるのではないでしょうか?

イシハラ

そうかも。 今後、おじいちゃんおばあちゃんも、写真を撮る時はピースする世界がくるかもしれないですね。

タケル

自分たちの世代の老人ホームでは演歌ではなく初音ミクが流れていると考えてるんですが、それと似たところがありませんか? 好きなものは何年経っても好きだと思うので、大人になったら聞かなくなるということはないと思うんですよ。

イシハラ

それに関してはあまり反対はないですね。 けどどうかなあ。 氷川きよし的ポジションが初音ミクに代わることはあっても、永遠に変わらないものとしてのクラシックは残り続けると思いますけど。

タケル

ピースサインは指ハートに替わっているかもしれないですよね。 ジェネレーションに押し流されて、上書きされるという。

イシハラ

写真を撮るといえば、何かポーズをとるという文化自体は、このままあり続ける気がしますね。気づいたらあったから。 ただポーズ自体は何かにとって代わられるかもしれないですね。

まとめ

これが、私たちの今回の結論です。

・ピースをするのは、周囲がしているから

・楽しんでいることをアピールするサインでもある

・ジェスチャーとしてのピースには言語的な意味がある

・世代、社会、時間、共通認識によって移り変わる

あなたはどう考えますか?

ピースサインは永遠に変わらないものだ、と思っているかもしれません。あるいはまた別の疑問が湧いているかもしれません。

私達と一緒に考えることで、新しい発見があったなら幸いです。

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ユキノ

京都在住の大学生。自由と混沌をこよなく愛する牡牛座の21歳。
専攻は国文学、研究作家は芥川龍之介。

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