わたしにとっての生活(後編)/ 点綴会vol.1

わたしにとっての生活(後編)/ 点綴会vol.1

点々と降りしきる雪が、空中にさまざまな形の結晶を織りなしながら、白にあたりを染める冬。

マジメジンゆかりの読書好き5人は、新たな企画を立ち上げました。

あるテーマに添った一冊を選び、書評を綴り、テーマに複数の視点から問いかけ合うことで、本と人との糸をつづり合わせていく。そんな、オリジナルの読書会。

題して、「点綴会」(てんていかい)

「点」は、5人の視〈点〉。

「綴」は、本を〈綴〉る、文章を〈綴〉る。

そして「点綴」は、ほどよく散らばっているもの、ひとつひとつをつづりあわせていくことを意味します。

第一回のテーマは、「わたしにとっての生活」です。

生活について語ることは、自分がどのような視点をもって日々を生きているかを問い直すことでもあります。

小説、漫画、随筆。バラバラのジャンルの本の書評を持ち寄り、語らい合う中で、5人が新たな糸を綴っていく様をお楽しみください。

点綴会メンバー

島倉

大学で日本近現代史を専攻。MAJIME ZINEでは 〈第三世代〉戦争再考計画 に参加。

ユキノ

大学で日本近代文学を専攻。MAJIME ZINE編集部。執筆記事はこちら

大木

大学院でデータ科学を専攻。MAJIME ZINEが開催レポートを担当した超分野大喜利の運営者。

ナカノ

大学で美術史を専攻。MAJIME ZINE編集長。執筆記事はこちら

ジュン

大学で文芸学を専攻。MAJIME ZINE編集部。執筆記事はこちら

*後編からの参加。

大木選書:中谷宇吉郎 著『中谷宇吉郎随筆集』

中谷宇吉郎 著、樋口敬二 編『中谷宇吉郎随筆集』、1988年、岩波書店

雪に関する研究をした物理学者・中谷宇吉郎が書いた随筆四十点を集めた一冊。自身の研究や人生、師である寺田寅彦との関係性などについて記した随筆が収められている。

「わたしにとっての生活」(大木)

「雪博士」として知られる物理学者、中谷宇吉郎は「科学は自然に対する驚異の念と愛情の感じとから出発する」という。雪の研究について書く中谷の筆からは、その美しさに心を躍らせる姿がいきいきと伝わってくる。科学に欠かせない自然の不思議に喜びを感じる感性は、幼少期に『西遊記』をはじめとする荒唐無稽な話を想像することで培われたのではないかと中谷は回想する。

優れた感性を持つ科学者にとっては、日々の生活も不思議に満ちているらしい。なぜ一眼見るだけで土器や茶碗の型式的な分類を行えるのか?なぜ新聞の小豆粒大の人の顔の特徴や表情を見分けられるのか?なぜ同じ鍋ものでも貝鍋とアルミ鍋でおいしさが違うのか?

このような不思議を見出す中谷のまなざしは師である寺田寅彦からも受け継いだものだろう。「茶碗の湯」から「物理学の全体を説き明かして」みせた寺田は、若き日の中谷に「ねえ君、不思議だと思いませんか」と問いかける。中谷の随筆には、この問いを様々なものに向ける一人の科学者の豊かな生活が息づいている。

対話

科学者の日々はおもしろい

大木

僕も科学の研究をしている人間なので、中谷さんの感覚に共感するところがすごくあるのでこの本を選びました。

中谷さんは、研究している雪について、「こんな研究やって何の役に立つのかよくわかんないけど、とにかくおもしろいんだ」といくつかの随筆で書いてるんですね。

僕にとっても、研究に限らずおもしろいことがすごく大事なので共感します。

島倉

なんで中谷さんの随筆を読んでみようと思ったんですか。

大木

昔の研究者が書いた本を読むのが好きで。

中谷さんに限らず、湯川秀樹さん、岡潔さん、ファインマンとか。

その中で、中谷さんの書いた『科学の方法』 を読んだんです。帯に「絶対名著」と書かれた本なのですが、帯に違わない名著でした。

そこから、中谷さんの書く文章をもっと読みたいと思って。

生活のすべてが科学

島倉

完全に理系への偏見なんですけども、近代科学者は自然を改変するイメージがあったので、

「科学は自然に対する驚異の念と愛情の感じ」の、愛情というのが意外で。

大木

確かに一般的に科学って、客観的とか、感情的に言えば冷たいイメージがありますね。

だから(中谷さんは)一般的な科学者のイメージと結構違うと思うんです。

中谷さんがおもしろいと思って目を向けているのは、自分の研究対象である雪などの科学だけじゃないですよね。土器や茶碗、あとは新聞、水墨画、鍋物もなんですよ。

日常にある全てのもの、様々な物事に「これなんでなんだろう」っていう思いを向けられる。そういった意味で、科学と生活が一続きの中にあるんですよね。

生活の中にある全ての物事はどんなものも科学で、科学と生活、他のあらゆるものに壁が全くない。

それが僕の生活のテーマだったので、おもしろいし、「こういうふうに自分も生きられたらな」と思ったので選びました。

受け継がれてきたまなざし

ユキノ

若き日の中谷さんに寺田さんが「ねえ君、不思議だと思いませんか」と問いかけるっていう文で締めくくられてますけども、

師弟関係の話を最後に置かれたのは、意図的ですか。

大木

まさにその通りですが、なぜ最後に寺田さんの話を持ってきたかっていうと、理由としては構成です。

四つにセクション分けされてるんですけど、第一部が雪の話、第二部が人生について、第三部は、寺田さんに関することなんですよ。

日常からおもしろいものを探し出すまなざしが、寺田さんから中谷さんに受け継がれてることが伝わる、すごくいい構成になってるように感じます。

寺田さんが中谷さんと同じように、日常から謎を探し出してくる達人だったからなんですよね。

茶碗の湯を見ただけで、茶碗に関する物理現象を分かりやすく説明してみせるとか、目に写る多くの物事に不思議を感じる感性の持ち主だった。

その寺田さんから薫陶を受けた中谷さんが、同じように日々の中の不思議を見つけながら生きている。

ユキノ

まなざしが受け継がれていくっていう感覚は、実際に会わなくても、本を読む中でも生まれそうですね。

大木

僕もその中谷さんのまなざしを受け継ぎたいものなので、日々精進していきたいなと思います。

ナカノ

寺田さんがまなざしの原点で、それを中谷さんが受け継いでおもしろさを探す生き方をしようしたのか、

それとも、中谷さんにもそういう感性やモチベーションがあってそれを引き出したのが寺田さんなのか、

どっちなんですか。

大木

どっちもだと思ってます。

(中谷さんが寺田さんから)受けた影響がすごくあったことは読んでて感じますね。

例えば、中谷さんと寺田さんが、他の学生も一緒にメロンを食べに行く随筆とかも出てくるんですね。

戦前の大学での科学研究のある種のスタイルだったのかもしれませんが、先生と学生が、すごく密な接し方をする。

寺田さんが日々おもしろいと思ったことを、中谷さんが身近に聞いていられる環境にあったっていうことは大きな影響だったんだろうなと思います。

ただ、積極的に受け取ろうとしたというより、元々の波長があったのかなと。

中谷さんは、学校の理科の授業もただ聞いてるより、例えば、宇宙が始まる前の夢を連想して、力の渦巻きが物質を作る幻想を描いて、宇宙の始まりを想像してみるのがとにかくおもしろかったんだそうです。

中谷さんが過ごしてきた環境で、自身の素質や特質が培われてきて、それが寺田さんと出会って薫陶を受けたことで、花開いていったのだと感じてます。

ナカノ

それをまた科学の研究をする大木さんが読んで……という受け継がれ方が素敵ですね。

ジュン選書:シャーロット・ブロンテ『ジェーン・エア』

シャーロット・ブロンテ 著、大久保康雄 訳、『ジェーン・エア(上・下)』、1953年、新潮社

伯母に育てられたジェーンは、当時最悪の環境であった孤児院に入れられる。その後、家庭教師として貴族の家に奉公し、主人ロチェスターと恋に落ちる。しかし、その恋には試練が待ち受けていて……。

わたしにとっての生活(ジュン)

生活とはなんだろう。なんでもない日が積み重ねられて、その日々のことを生活と呼ぶのだろうか。

私にとっての生活は、本を読むこととあった。今はなかなかじっくりと読む時間も取れないけれど、これまでの人生において、本を読む時間は多くの割合を占めている。これからの人生においてもきっと、本を読むという行為はライフワークとしてあり続けるだろう。

そんな私の人生、どう生きるかを教えてくれた本がある。『ジェーン・エア』、イギリスの女性作家シャーロット・ブロンテによる作品だ。ヴィクトリア王朝時期のイギリスで、まだ女性の地位が確立されていない中で、一人で自分の人生を生きていく主人公は、当時の女性像を新しく切り開くものとなっただろう。

物語は、ジェーン・エアが幼い頃から大人の女性として生きていくまでのおよそ30年間を描いている。

早くに両親を失ったジェーンは、従兄弟の家や孤児院など、劣悪な環境で育っていく。唯一の友人も病気で亡くすが、彼女は希望を失わずに生きていく。大人になったジェーンは子供の家庭教師として、貴族ロチェスター氏の屋敷に住みこむこととなる。主人と対話を重ね、ジェーンとロチェスターは恋に落ちるが、結婚式当日にロチェスターにはもう既に結婚した、精神病の妻がいることを知る。絶望した彼女は、一人で生きていこうと財産も持たずに一人で屋敷を出ていく。

敢えてここでは結末は紹介しない。しかし、物語で一貫しているのは、ジェーンは終始厳しい状況に置かれるということだ。その中で、一人で生きていく彼女の姿勢については現代を生きる私にとっても心打たれるものとなっている。

この小説は五回ほど読んだものなのだが、毎度、つらい生活をしていたと思う。その中で、自分の人生を切り開くジェーンは私の生活観を形成していると思う。

対話

苛酷な環境で自立して生きた女性

ジュン

私、この小説を五回読んでるんです。五回とも中学校の時で、その時の生活がとにかく辛くて抜け出したくて。

それでも、(ジェーンの)淡々と頑張って、一日一日を誠実に生きていくところが自分と重ねられて、その中で私自身の人生観が形成されたなと思ってます。

今、私は仕事をして一人でも生きていくスキルを身につけることを就活の軸にしていて、ジェーンって当時の人にしてはすごく自立しているから「こうなりたいな」って思います。

ユキノ

ジェーンの人生は過酷だけど、その中で彼女を支える一貫したものはあるんですか。

ジュン

多分背水の陣なんですよね、そこの環境でしか彼女は生きていけないから。

小説の主人公って、めちゃくちゃ可愛いか、ジャン・バルジャンみたいに大変な方が多いじゃないですか。

シンデレラストーリーになっても、「かわいいからだ」って思ったりしますよね。

でも、ジェーンは周りから「器量そこまで良くはないわよね、でも可愛くないわけでもないし」みたいなことを言われてて。

可もなく不可もなくなんでしょうけど、そこでジェーンは自分がどうやったら生きていけるか、冷静な自己分析をやっている。ある意味、自分に向き合って生きてる人なんですよね。

そういうところが生活の支えになってたんじゃないかな。

辛い時期に五回読んだ本

ユキノ

「そんな仕打ちを受ける人生嫌!」って思いそうなのに、そこから勇気をもらうのは興味深いな。

ジュン

私は、ジェーンほどいい感じの恋もしないし、出ていかないので違うんですけど、(出来事を)抽象化した時にすごく支えられるんですよね。すごくジェーンがかっこよかったのかもしれません。

ユキノ

この環境の中で、もう死んでしまいたいとならずに生き続けられるのはすごいよね。

ジュン

そうなんです。何十ページも空腹で雨に打たれる描写が続くんですけど、バットエンドかと言われれば絶対違う。

彼女なりの幸せを見つけるところに行き着くんです。そういう精神性は私自身の今の生活にも大きくて。

もう一度読み返してみて、中学生の頃と今の自分って変わってるから、見習うところとかまた別になったりしますが。

大木

中学校の時と今、どういうところが違ってきたんですか。

ジュン

中学生の時は、ストーリー性に惹かれてたんですよね。

今は、ジェーン自身にすごく惹かれます。

彼女は平凡な顔立ちで、勉強も頑張ってはいるんですけど皮肉っぽいところもあって。そんな人でも生きてるんだなと、改めて彼女への視点が変わりました。

ナカノ

読むと、昔読んだ自分も思い出すんだね。

ジュン

そうですね。昔の自分ってもうちょっとハングリー精神あったな。

今だらっと生きててダメだな。でも、だらっと生きることが大人になれたってことかな、とか。

読み直しで磨かれるもの

ユキノ

『ジェーン・エア』の中で、一番心打たれたのはどこなんですか。

ジュン

最近読み返した時にびっくりしたのが、貴族のロチェスターさんとの結婚について思うシーンですね。

彼女も彼が好きだけど、自分は釣り合わないだろうなと思って自制して、(自分を)諦めさせるシーンが印象的でしたね。

ジェーンは、絵が上手いんですけど、「聞くんだジェーン、私の顔を書いてみろ。こんなに鼻もちまっとしてて、口もそんなひんまがってて、そんな私を身分が違う彼は好いてくれると思うか」と。

「今、彼がいい感じになってる貴族のお姉さんの顔を書いてみろ。あんだけ綺麗なんだ。それと、自分の顔を並べろ」。

……こんな描写力あるんだと。当時の生活がわからない私にも、ジェーンの顔が大体想像できたりするところが、本当にびっくり。

ユキノ

自分を追い詰められる人の強さが溢れてますね。絶望の書き方がうまいんですかね。

ジュン

そうです。最近は、自分の文章の書き方と、他の文章の書き方を頭の中に入れて読んでるので、私には描写力が足りないなあ、とか思いながら読んでます。

「わたしにとっての生活(前編)」は、こちら

次回の点綴会のテーマは、「におい」です。

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ユキノ

京都在住の大学生。自由と混沌をこよなく愛する牡牛座の21歳。
専攻は国文学、研究作家は芥川龍之介。

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